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京都府立医科大学生理学教室
統合生理学部門

京都府京都市上京区河原町通広小路
上ル梶井町465 基礎医学学舎6階

TEL: 075-251-5313(教授室)
075-251-5312(教室)
FAX: 075-241-1499

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研究テーマ

 私たちの研究室では、生命の根源に迫る「細胞にとって時間とは何か?」を深く追求し考える研究と、昔からの常識として言われてきた「不規則な生活リズムはからだに悪い」の背景となる医学生物学的な根拠をノンバイアスに検討して健康問題や疾患のリスクを回避する方法を考える研究、の二つのテーマを掲げています。

1) 細胞の時間 ~細胞に「時間」がもたらす生理的意義とは?~

 単細胞生物でも概日時計を持っており、哺乳類では、全身のほとんどの細胞に備わっている。いわば、概日時計は正常な細胞が普遍的に有する「標準装備」の機能である。しかし、哺乳類においては、唯一、生殖細胞に概日時計が無いことが知られている。そして、私たちは、多能性幹細胞であるES細胞やiPS細胞にも概日時計が機能していないことを発見し、「時間を刻まない細胞」としての視点でこれらの多能性幹細胞を見るようになった。しかも、私たちは、ES細胞やiPS細胞をin vitro(試験管内)で分化させると、細胞自律的に概日時計が正しく形成されていくこと、さらに分化した細胞をもう一度リプログラミングすることで概日時計が再び消失すること、を発見した。これらの研究により、「概日時計」と「細胞分化」が密接にリンクしていることが分かり、「細胞の時間」を深く考えるきっかけになった。

2) 不規則な生活はなぜいけないのか?

 昔から、「規則正しい生活をしよう!」とか「不規則な生活はからだに悪い!」とか、何の疑いも無く当たり前に正しいと信じながら生きてきたヒトが大半ではないだろうか。さらに、子どもにはそういいながらも、「そうはいっても現実的にはむりだよね」と、非現実的で全く意味のない空疎な標語として顧みることが無いヒトもまた大半であろう。いまも、テレビなどでも、「専門家によりますと、規則正しい生活を心がけることで心身の健康の不調を防ぐことができるそうです。」などというニュースが流れることがあるが、その番組が深夜12時を過ぎていたりする。
 要するに、まだ国民あるいは社会に響くメッセージを十分には発信できていないと我々は考えている。そこで、私たちは、「なぜ、不規則な生活がからだに悪いのか?」「では、シフトワーカーなどはどうしろと言うのか?」という根本的な問題に正面から取り組むことにした。研究の目的とゴールは、「不規則な生活が疾患リスクにつながる作用点の解明」「疾患リスクを回避するからだに優しいシフトの提示」を分子レベルのエビデンスをもとに示すことである。
 私たちの研究室では、マウスなどを用いてヒトでは不可能な「実験動物の厳密なケースコントロール・コホート研究」を行っている。この研究によって、現実的で具体的なソリューションのシーズを提供し、臨床研究への橋渡しとすることを目指している。

サーカディアン・リズムと概日時計

1日周期のリズムを生み出す「概日時計」

 我々ヒトを含めた生物は有限の時間のなかで生き、宿命的にその生命活動は時間に支配されています。生物をとりまく時間には、「一生」という1方向に流れる時間とともに、周期的に繰り返す時間があります。生物は地球の自然環境に適応することで繁栄を遂げてきました。その過程で、地球の24時間周期の自転により生ずる昼夜のサイクルを正確に予測するシステムとして、自らの体内に精巧な『生物時計』作り上げたのです。この日周性変化を予測する時計が『概日時計』あるいは『体内時計』と呼ばれる分子振動体システムです。

 我々ヒトを含めた生物は バクテリアからヒトを含む哺乳類、あるいは高等植物に至るまで、地球上のほとんどの生物に『概日時計』が備わっており、様々な生理機能に内因性の約24時間周期のリズムである『概日リズム』を発現させています。概日時計には種を超えた普遍的な以下のような性質が見られます。それは、1)自律性、2)同調性、3)温度補償性、および、4)遺伝性、と呼ばれるものです。

動的恒常性が破綻しやすい「発生・発達期」および「老年期」

 飛行機のフライトで事故が起こりやすいのは離陸直後と着陸時と言われています。それと同じことがヒトの健康でも言えます。つまり、一つの生命体として誕生する過程である「発生・発達期」と、人生の着陸態勢である「老年期」は、生理機能が不安定で容易に変調を来してしまいます。

「時間の矢」と「概日時計」の相互作用

 非常におもしろいことに、受精卵や発生初期の胚には「概日時計」が振動していません。生まれてきたときには全身の細胞で「概日時計」が24時間リズムを刻んでいるにも関わらず、です。また、ヒトでもマウスなど動物でも、老化が進み老年期になると、やはり概日時計が弱くなり睡眠覚醒リズムなど概日リズムの振幅(メリハリ)が小さくなることが知られています。その結果、高齢者は夜間に何度も目が覚めたり逆に昼間ウトウトしたりしてしまいます。これらの知見は、発生発達や老化という時間の矢と24時間周期の概日時計に相互作用があることを強く示唆するものです。

教室の研究テーマ

  • 発生期の概日時計形成メカニズム
  • 生殖系列細胞と体細胞の成り立ちから考える概日時計の意義
  • 細胞リズムから臓器の機能リズムそして個体リズムへの統合メカニズム
  • 自閉症スペクトラムにおける睡眠障害の分子基盤と概日時計
  • 老化に伴う概日リズム障害メカニズム

1) 発生期の概日時計形成メカニズム

 概日リズムはいつ頃どのように形成されるのか? 近年、発達障害や学習障害などの脳機能発達障害と概日リズム障害の関連が知られるようになり,この問いは、脳神経科学分野においても重要なテーマとなっている。ヒトの睡眠覚醒リズムは生後2-3ヶ月を経てようやく明瞭になることが知られている。しかし,この間、全く概日時計の振動がないかというとそうではない。実は,出生直後の新生児に既に体温の概日リズムが見られる。ことのことは、既に胎児期に少なくとも体の一部の概日時計振動体は形成されており,機能していることを示している。マウスの研究においても,哺乳類概日時計の中枢である視交叉上核において、出生直前にあたる胎生20日目には時計遺伝子の振動が始まっていることが分かっている。

 しかし,胎生期のどの時期にどのようなメカニズムで概日時計振動体が形成され、自律振動をはじめるのかは現在まで分かっていない。さらに、発生期の細胞レベルで、どのように遺伝子ネットワークが構築され,どこまで分子ネットワークが組織化すれば時計遺伝子からなる分子時計の発振が可能になるのかは、全くのブラックボックスであると言っても過言ではない。

 現在我々は、概日時計振動体の形成過程を、分子細胞レベルで解明することを目指し、新たなアプローチを考案した。それは,マウスES細胞をモデル系として利用し,細胞分化誘導技術と遺伝子操作技術を駆使した、哺乳類概日時計発生研究の方法論構築である。

 これまでに我々は、マウスES細胞を用いて、概日時計の成立過程をin vitroで再現することに成功した。ES細胞には概日時計の振動は見られず、in vitroでES細胞を分化させると、概日時計が次第に形成されてくる。しかも、体細胞をリプログラミングしiPS細胞にすると、概日時計の振動がES細胞と同様に消失する事を示した。これらの解析を通し、概日時計の発生と細胞の分化過程との関連が示唆された。

 概日リズムは,脳機能をはじめ,様々な生命現象に影響を及ぼす基本的な生理機構である。概日リズム発生機構の解明は,生活習慣などとも関連する小児期の健やかな発達を考える上でも重要になると考えられる。現在、我々は、細胞分化と概日時計成立の関連を明らかにし、その破綻がもたらす病態について研究を進めている。

2) 生殖系列細胞と体細胞の成り立ちから考える概日時計の意義

 哺乳類の概日時計は、中枢の視交叉上核(SCN)のみならず、全身の様々な臓器や組織、さらには培養細胞にまで備わっている。しかし、生体内で唯一の例外が生殖細胞である。これまでの国内外の研究で、精粗細胞や精母細胞などの生殖系列の細胞には概日時計の振動が無いことが分かっている。しかし、なぜ、生殖系列の細胞には概日時計がないのか?そして、発生過程で始原生殖細胞が生じ、生殖細胞へ分化していく過程で一度も概日時計は形成されないのか?このような基本的なことさえも現在まで全く分かっていない。
 私たちは、発生と細胞分化が概日時計の形成にどのように関わるのかを研究していく過程で、生殖系列細胞の概日時計解析が避けて通れない問題であると気づいた。時計を持たない「生殖系列細胞」と一生刻み続ける時計を有する「体細胞」の成り立ちから概日時計の生物学的な意味を真に理解することができるのではないかと考えている。

3) 細胞リズムから臓器の機能リズムそして個体リズムへの統合メカニズム

 個々の細胞に概日時計が形成されリズムを発振するようになっても、周りの細胞と同調できなければその組織・臓器全体としてリズムにならない。その場合、機能リズムも発振することができず、目に見える形での概日リズムは無いということになる。出生直後の視交叉上核を含む脳内でも、このような状態ではないかと考えられている。成長後のマウスなどでも睡眠覚醒リズムは視交叉上核を破壊すると消失するが、これは視交叉上核からの概日リズム制御シグナルが睡眠あるいは覚醒中枢に入力しなくなり、睡眠覚醒リズムが消失すると考えられている。新生児期の脳では、まだ神経ネットワークが形成されておらず、その後、視交叉上核と睡眠あるいは覚醒中枢との細胞間(あるいは神経核間)ネットワークが形成されて初めてフリーラン・リズムが生み出される。

 我々は、様々な臓器で細胞レベルから臓器レベルでの機能リズム発現まで、様々な階層でリズム統合システムの理解と概日リズム発達メカニズムの解明を目指した研究を行っている。

4) 自閉症スペクトラムにおける睡眠障害の分子基盤と概日時計

 概日リズムは、外部環境の変化を予測し内部環境をそれに適応させながら整える、動的恒常性維持機構として重要な役割を果たしている。近年、その破綻である概日リズム障害は、さまざまな疾患リスクの上昇と相関することが明らかになって来ている。しかし、その中にあって、自閉症スペクトラム障害および関連疾患といった小児期の脳機能発達障害については、睡眠リズム障害を高率に合併するなどの状況証拠が数多く積み上げられているにも関わらず、病態メカニズムはほとんど分かっていない。また、睡眠障害自体も患者本人のみならず介護する家族のQOLを大きく損なわせて実質的な負担となる症状であり、メカニズムの解明と治療法の確立が待たれる重要な研究課題である。

 自閉症関連疾患に伴う概日リズム障害の解明には、胎児期を含めた正常発生・発達過程における概日リズムの発生メカニズムの理解がまず必要となる。これに関して、これまでに我々は、マウスES /iPS細胞から発生・分化に伴う概日リズムの獲得過程をin vitroで再現することに成功し、マウス胎仔および新生仔を用いた臓器組織レベルでのリズム開始時期の同定などの成果を挙げてきた。このような一連の概日リズムに関する基礎研究から、細胞から個体レベルまで階層を貫く独自の定量的解析法を確立して来た。我々の研究室では、これまでの成果に立脚し、

 1)遺伝的要因および環境要因を操作した疾患モデルES/iPS細胞およびモデル動物を樹立、およびこれらを 階層縦断的に解析することによる自閉症スペクトラム障害関連疾患と概日時計との関連メカニズムの解明
 2)発達障害モデルにおける概日リズム破綻のエピゲノム制御機構の解析
 3)自閉症スペクトラム障害および関連疾患の次世代シーケンサーを用いたゲノム解析による概日リズム障 害との関連の解明

などの体系的研究を行い、得られたエビデンスから症状改善や療育に結びつく制御法の開発を目指している。

5) 老化に伴う概日リズム障害メカニズム

 高齢者の多くに、入眠潜時の延長、中途覚醒の増加、早朝覚醒などの睡眠障害が見られる。これらは自覚症状としてつらいものであり、高齢者のQOLを低下させる原因として主要なものの一つである。この背景として、体内時計(概日時計)の老化による障害(劣化)があることが指摘されている。加えて、アルツハイマー病やパーキンソン病患者では、体内時計の障害によると見られる概日リズム異常が高頻度に見られ、夜間の徘徊や昼間の活動量低下など患者本人のみならず介護する家族の大きな負担となっている。

 しかし、現在、このような高齢者あるいは認知症患者の睡眠障害には通常の睡眠薬がせん妄などの副作用のため使用できず、抗精神病薬による治療に頼る結果として入院患者の大幅な増加をもたらしており、大きな問題となっている。このように、高齢者の睡眠障害の背景には体内時計の老化による障害が関与している可能性が高い。

 体内時計の老化による健康への影響は睡眠障害に留まらない。アメリカUCLAのBlockらは、老齢ラットを強制的に時差ぼけ状態を繰り返す実験を行ったところ、次々に実験中の老齢ラットが死亡することを報告した(Davidson et al, Curr. Biol. 2006)。若年ラットでは強制的に時差ぼけ状態を繰り返す環境においてもほとんど実験中に死亡する個体は見られない。明暗周期など外界の環境サイクルへの適応は体内時計が担っていることから、体内時計の老化は環境ストレスへの耐性の低下をも、もたらしていると言える。

 このようなことから、概日時計の老化は、今後の高齢化社会における健康長寿に実現に向けて極めて重要な研究課題となっている。我々は、CRISPR/Cas9システムを利用して様々な遺伝子改変マウスを作製し、概日時計の老化の実体を解明することを目指した研究を行っている。

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